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01/14(土) 21:53
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01/13(金) 19:30
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01/12(木) 11:21
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01/10(火) 16:23
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ばば、片手ではできないカモ・・・・

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


1月15日(日)雨

お店の自動ドアが「いらっしゃいませ」

「ありがとうございます」と話す、

器械がドライブの行き先まで誘導してくれる・・・・のは

もう大分以前からのことだけど・・・・

最近はいろいろな電化製品が「人間並みに」話す時代。



年末から、ちょっと家族旅行をした、じじとばば。

数日前のブログにも書いたが、

じじは毎日ホテルに閉じこもりっきりで、

元気に出歩いたのは、ばば姉とばば。



そんなある日、外から帰ってじじの部屋へ行ったら、

「今日はビックリしたよ〜」とじじ。

「何があったの?」と問う姉とばばに

「じじ以外誰もいないはずなのに、ばば達が出かけたあと

女の人の声がしたんだよ〜」と。

「どんな声?」と聞いても定かではない。

でも、確かに女の人の声がしたというじじ。

何だったんだろう????と考えていたが

姉が、ハタと気づいた。

女の人の声は・・・・

そう、姉の携帯。

実は、姉の携帯を充電していて充電が終わった時に

「充電が終わりました」と音声で知らせた、その声だったのだ。

その後、3人で大笑いしたけど、おもしろいねぇ・・・・

それにしても器械に喋らせるなんて、

人間の研究は凄いねぇ。



そうそう、冬休みに又々発見したことがあったよ。

大晦日に、船で沖縄へ向かったんだけど

その船中、携帯「超初級者」のばばと姉に

我が家の次女が色々教えてくれた。

徳之島から沖縄までは約9時間も船中。

昼間、何にもせず10時間近く時間を潰すなんてもったいないね。

幸い、当日は波も穏やかだったので

船中で「初級携帯講座」を開講してもらったの。

その中でね、ばばと姉が、極々当たり前と思ってしていたことが

「普通」出ないことが分かったよ。

携帯でメールをする時、ばばと姉は左手で携帯を持ち

右手の人差し指でキー操作して入力していたんだ。

普通は、右手(左利きの人は左手かなぁ・・・)で

携帯を持ち、右手の親指で入力するんだってね。

言われてみれば、電車の中などで、ばばが見た若者は

みんな片手で、操作していたっけ・・・・

でも、自分が携帯を持ってメールなどする時は

何一つ疑問も持たず、両手使っていたんだ・・・・

ひとつ、進歩したか?なぁ・・・・・

今まで、病院の待ち時間とかに

真剣な顔して両手でメール文作成していたばばに気づいた人がいたら

きっと、可笑しかっただろうなぁ・・・・

あぁ〜恥ずかしい!!!

・・このほかにも、いろいろな機能を教えてもらったけど

ほぼ全部、見事に忘れたかも。

教えてくれた次女さん、ごめんなさぁ〜〜〜い!

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

又、今日も・・・

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


1月14日(土)晴れ

昨日は、終日遊び回ったので、

(今日こそ、真面目に家事をしよう)との決意がもろくも崩れた。

夕べ、9時前に姉からメールが入った。

「ばばの実家のすぐお隣のM兄さんが亡くなったって。

姉も、夕べ知人に電話をして話している途中で

M兄さんの訃報を知ったんだって。

小さい頃から可愛がっていただいたし

色々お世話になったお兄さんだ。

昨日、他のお宅へ弔問に行ったが、分かっていたら

昨日でお兄さんの仏前にもお線香を上げてきたのに・・・・・

・・・で、2日連続で又、実家集落へ行くことに。

じじにも話し、「じじ、今日もついでに撮影行く?」と聞いたら

「行く、行く。」って。

実は、昨日「ヨシガモ」という珍しいカモを偶然写してあったらしく

今日は、昨日より天気も良いので、きちんと写して来たいと・・・



昨夕、ご飯がないと思い、スーパーでお弁当を買ってきてあったので

それと、梅干し入りのおむすび・コーヒー・白湯・デザートだけ準備。

じじが準備する間に、亀津でもお悔やみが出ていて、

昨日が告別式だったと思ったので、ばばはお線香を上げてくることに。

歩いて、家を出た。

往復で10分もあれば十分な距離だったから。

ところが、奥や物会ったお宅の門まで行くと、

「14日10時より○○斎場で告別式」と書かれている。

しまった!今日が告別式だったのだ。

しかも、もう、既に式は始まっている。

ばばは、恥ずかしいのも忘れて競歩選手のように歩いて家に戻り、

車で告別式の行われている○○斎場へ走り、

受付で香典を出し、祭壇に向かって手を合わせて拝み、

すぐに家に引き返した。

実家集落へも、「お昼の準備に邪魔にならない11時頃には着きたい」と

思ったからだ。



準備を終え、家の前で待っていたじじと姉を乗せて出発。



実家近くに車を止め、

小さい頃、しょっちゅう通った細い裏道を通ってみた。

人間一人が通れるくらいの細い細い道。

今は、草が伸び放題だったらしく、最近刈り払われたようで

道に草はなぎ倒されたように積まれていた。

その上を歩き、枝が垂れ下がったミカンの木の下を通り・・・・

黒い服に、白い蜘蛛の巣があちこちにくっついていたので、

姉とお互いに払い合って、M兄さん宅の門をくぐった。

あいにく鍵がかかっていて、お線香を上げることができず、出直すことに。



それにしても・・・・

小さい頃走り回って遊んだ、畑中の小道が・・・・

ほとんど通る人もなく、使われなくなるとあれほどに荒れるのか・・・・

何とも言えぬ、寂しい思いがした。

幼い頃の故郷の風景も、そこに住む人たちも年々歳々変わり、年を重ね・・・・

あの小道から、下の畑に飛び降りて桑の実を取って、その種だけを集め

杯の1杯たまると10円ぐらいで売れて・・・

自分で働いて現金を得る良い体験もできたなぁ。

畑の横にあった小さな野いちごを摘んで食べたこともあったなぁ・・・・

小道のすぐ近くの畑では年によって、季節によって

いろいろな作物委を作っていたなぁ・・・

サトウキビ・落花生・ジャガイモ・サツマイモ・麦・里芋・・・・



M兄さんと言えば・・・

じじとばばにとってはある意味、仲介役をしてくれた恩人。

何の仲介役って?



あのね、じじとばばが知り合ったはじめの頃、

ばばの家は電話がなかったの。

じじは、加計呂麻に住んでいたしね。

日曜日とかに、じじが加計呂麻から電話をくれても、

ばばの家に電話がない。

当時は電話のある家って集落に数軒しかなかったと思うけれど

M兄さんの家にはあったの。

だから、じじはM兄さんの家に電話をするわけ。

すると、M兄さんか奥さんのI姉さんが、ばばの家の裏の畑へ来て

「加計呂麻から電話よ〜〜〜」と呼ぶの。

そしたら、ばばは急いでM兄さんの家に走って行って

じじと電話で話していたんだ〜。



出会って約3ヶ月後に結婚し、結婚後も5ヶ月くらいは

加計呂麻と徳之島の別居生活だった、じじとばば。

別居生活の間もじじから電話が来るたびに

M兄さんと、I姉さんは快くばばの家の裏の畑まで走ってきて

ばばに連絡してくれたんだ〜。

だから、ありがたい、ありがたい仲介役?いや、中継ぎ役?かな・・・・

じじと結婚して程なくばばの家も電話が付いたけど

本当に,M兄さんご夫婦には感謝している。

「お〜〜〜い」と呼べば聞こえる、ほんのお隣に住むM兄さんだけど、

ばばとは20歳年が違う。

一昨年前までは、ばばが通う病院へM兄さんも通っていて

1年に何回か会えたんだけど、去年から病院ではばったり会えなくなり、

たまたま去年夏に会ったのが最後だった。

真面目で、優しい兄さんだった。

こんなに早く逝かれるとは・・・・・

ご冥福をお祈りいたします。



・・・・・・・・・I姉さんがお留守だったので

そのまま、昨日も行った上名道公園近くの池と、

ナベヅルが飛来しているかもしれないきび畑と

浅間干潟・松原漁港・沈砂池まで回ってきた。

今日の収穫は?

ヘラサギと今年初めて出会えたこと。

ヨシガモを綺麗に撮影できたこと。



だからじじは上機嫌。

ばばも嬉しかったけど、やはり故郷の小道が荒れ放題で無くなりかけていたことと

又一人、故郷の先輩が亡くなられたことが寂しい・・・・・

そんな1日だった。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

遊び初め?

by ばばの日記

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1月13日(金)曇り

朝8時過ぎに「ばばちゃんの実家集落でお悔やみが出たので、

連絡しました」友人から電話があった。

ばばの同級生のお父さんが、昨日亡くなられたとのこと。

告別式には参加しないので、じじにも声をかけ

弔問が終わったら、久しぶりに遠出をすることに。



姉に連絡し色々準備をしたら、もう10時少し過ぎていた。

11時少し過ぎには弔問を済ませ、



洋服を着替えて、海岸や溜池などを回ることに。

年末は、ずぅっと忙しくて、そのまま沖縄へ行き

旅行から帰ってきたら

何だか気分がドヨォ〜〜〜ンとなっていたばば。



思い切って気分転換しましょ。

まずは、ばばの実家集落の海へ。

車の中から海へ流れ込む川の最下流を見ていると

黒い鳥が川に潜っていた。

何の鳥だろう?

じじがカメラを構えた途端に飛び立ってしまい残念!

少し車を進め、去年、アサギマダラが集団越冬していた場所へ。

今日は、少し暖かかったせいか、たった1頭の小さいアサギマダラが

植物の枝にくっついていた。



その横の空き地に車を止め、海岸へ下り、昼食。

梅干し入りの十穀米おむすびと、天麩羅そば・昆布巻き・里芋の炊いたの等・・・・

広い海を眺めながらの食事は美味しいね。

遙か彼方には井之川岳、その手前には母間集落・・・

いいなぁ・・・・島に生まれて・・・と、つくづく思う。

食後は、温かいコーヒーとデザート付き。

うぅ〜〜〜ん、し・あ・わ・せ。



食後、ばば達の目の前の海面に黒い鳥2羽が飛来。

「鵜かな?カイツムリかな?とじじ。

大きなカメラを担ぎ、背中を屈めて接近するも、何処かへ逃げられ残念!



その後は、黒畦海岸へ寄り、一路、浅間干潟を目指す。

途中、去年ナベヅルが飛来していた畑を探索したがツルの姿なし!

空港近くを走っていると、椋鳥の集団が住宅地に。

じじは又すぐさま撮影開始。

しかし、普通の椋鳥だけだって。。。。ガックリしていた。

干潟でも珍しい鳥も見当たらず、松原漁港まで足を伸ばし

収穫のないまま、上名道公園で常連の多種のカモを撮影。

そのまま帰路につく。

県道を走っていたら、ばば達の前を徳之島で合宿中の、

何処か実業団のランナー達が3名走っている。

一人は、外国の若者だ。

ばば達はランナー達を追い越し、先回りして車を道路端に止め

選手達がくるのを待った。

選手達が近づいてきたので拍手で応援したら

伴走していた車の中で男の人が笑っていた。

これまでも、何度か合宿中の選手達の練習に行き会ったことはあるが

わざわざ車を止めてまで応援したのは初めて。



何なんだろう〜この3人は・・・・



・・と言うわけで、朝10時過ぎに家を出て、

夕方、家に帰り着いたのは5時少し前だった。

遊びも遊んだり・・・7時間。

今年の遊び初め。



じじ様の専属運転手も疲れまするぅ〜〜〜。



そうそう、今日は「13日の金曜日」で、

ちょっと気になりながらのスタートだったが、

無事に1日が過ぎて良かった!良かった!

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

「もし、も〜〜し」

by ばばの日記

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1月12日(木)曇り

昨夕、買い物に出かけたスーパーでの出来事。

美味しそうな「えびすカボチャ」があったので、

「買おうかな?」と手に取った時、ばばの背後で

「もし、も〜〜し」という男の人の声が聞こえた。

誰か、男の人が携帯電話を使っているのかな?と思った。

ばばも同じスーパーで、刺身を買う時

じじに電話をして「これと、これがあるんだけど、

どっちが良い?」と確認することがあるから・・・・

でも、やはり「もし、も〜〜し」という言葉が気になり

振り向いたら、何と!

ばばの背後に知人Kさんがニコニコ立っていた。

「あらぁ〜〜、誰か男の方が何処かへ

電話していると思ったんですよ〜」ととばば。

すると、Kさん「私がばばちゃんに、ばば姉さ〜んなんて

急に声かけられないですよ〜。」だって。

更に続けて「人に呼びかける時は、(もしもし)か、(もし)って

自分は声をかけるんです」って。

そうかぁ〜。

ばばは、知人が近くにいて声をかける時は、

なるべく近くへ行って「○○ちゃん」とか、

「○○姉さん」と声をかけていた。

知らない方には「あの〜・・」と。



Kさんに言われて気づいたけど、

知人に声をかける時の「正しい声のかけ方」ってあるのかなぁ????

初めて考えた。



その後,Kさんとは立ったまましばらく雑談。

Kさんが、近く島唄に関する本を出すこと、

お仕事が終わるのが夜の10時頃だということ、

お互いのホームページのこと、三味線のこと・マンドリンのこと、

お稽古事に通う島の人と、鹿児島などから来ている人の心構えの違いなど

楽しい雑談は続いたが、二人とも買い物かごを持ったまま

商品棚の前でもあり、夕食の時間も気になったので

お別れしたけれど、何だかホッとするひとときだった。



Kさんと初めて会ったのは、もう30年以上前かな〜?

Kさんは、じじの親戚になる方だ。



いつ会ってもニコニコ優しい笑顔で話しかけてくれる。



Kさんと楽しい会話のあと、買い物を続け精算して帰宅したばばだが

手に持っていた「えびすカボチャ」は棚に戻して

Kさんと話したので、買うのを忘れてしまった〜〜〜。

でも、いいや。

大きな「里芋」を炊いたのがあるから・・・・・

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「雷に打たれたの?」って・・・・

by ばばの日記

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1月11日(水)曇り時々小雨

ばばの髪の毛は、ばばと似て頑固だ。

全くパーマがかからない・・・・ということを

過去のブログにも、何回か書いた。

それでも、諦めずにまだパーマをかけ続けているばば。



先月の10日前後にパーマをかけた。

かけ終わった自分の頭を見て、ばば表面は平常心だったけど

内心は、超に又超が二つ、三つ重なるほどショックだった。

かかりもかかったり、超クルクル・・・・

ばば自分が若かった頃、

「おばさんの象徴」と内心思っていた定番のクルクルパーマ。

イメージを少し変えたくてパーマをかけたものの・・・

これじゃ・・・・一気に10歳ぐらい老け顔になるなぁ。

普段から「じじのお母さん」と言われるばばだが、

今度は「じじのお婆ちゃん」決定か!!!

内心泣きたいほどだったけど、敢えて平静を保ち

寄り道する気にもなれず、帰宅。

ばばを見たじじ、無・・・・・・言。

(やっぱりなぁ・・・・)

(それにしても、こんなにかかってしまうとは、ばばの髪の毛らしくないぞ!)

等と思いながらも、シャンプー後はなるべく髪を伸ばすようにブラッシングした。



年末になって、じじがポツンと言った。

「少しはマシになったな」って・・・・・・

「パーマをかけてきた日は何じゃこりゃ!と思ったよ。

今なら、まぁ、良いかな?」って。

見ないふりしてちゃんと見ているんだ〜、ばばの髪。

(じじもそう思ったか!当たり前だよね。誰でもそう思うよね)

って、思い、ますます落ち込んだばば。



じじに言われる前、お通夜の席に何回か出ることがあり

そこでも、ある先輩が「何で!あなたの、そのクリクリ頭」と言われた。

又々ショック。

もう〜外出するのが嫌になったよ〜。

帽子でも被って隠すか・・・・・



そして、次女が帰省・・・・

次女も何か思っただろうが、敢えてばばの髪型には触れなかった。



そして、沖縄で三女と合流した時、三女の第一声が

「お母さん、雷にでも打たれたの、その髪」って言われちゃった。

すると、島で何にも言わなかった次女まで一緒になって

「頑張ってパーマかけました!!!って感じだよね・・・」と。。。。。。

ウェ〜〜〜ン。

「クリクリ頭」に「雷に打たれたの?」だって?????



そっかぁ〜、そう言われても仕方ない髪型なんだね、今のばばの髪型は。

親しいからこそ、遠慮無く言ってくれるんだよね。



ばばは、あまりパーマが似合うとは思っていない。

でも、髪の毛が細くて直毛なので、

少しだけイメージチェンジしたいと思うことがあるんだよね。



今回は、やっぱりかかり過ぎだったんだね。



これまで、何回かパーマをかけ、

その度、よく次にはストーンと直毛になってしまうばばの「頑固毛」に

美容室のオーナーさんもホトホト手をやかせてしまっていた。

それで、研究に研究を続け、やっと今回

ばばの髪の毛でもパーマがかかる液や配合?を研究して下さった。

それなのに、それなのに・・・・ごめんなさい!

周囲からは評判が良くなかった今回のパーマ。





今年は、少し髪を伸ばして、パーマをかけるにしても

軽くウェーブが出るくらいにとどめよう。。。。。。

じじ〜、娘達よ、ごめん!!!!

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

摩訶不思議な・・・・・

by ばばの日記

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1月10日(火)曇り後小雨

今していることなのに、今、見ていることなのに、

ずぅっと昔、同じようなことがあったような気がする・・・・

こんなことって、ない?

ばばは、最近はあまりないけど、若い頃は、よくあったの。

高校生の時、哲学が専門のM先生に話したら

「それは、前意識と言うんだよ」って言われた。

「ふぅ〜〜ん。そうなのかぁ〜」と思っただけで

当時、深くは考えることも、探求することも無かった。



でも、人間怖い体験をしたりすると

なかなか忘れられないことってよくあるよね。



ばばは、ブランコが揺れているのを見るだけで

目眩がしたり、気分が悪くなったりする。原因ははっきり分からない。

ただ、小さかった頃父が家の中や庭にブランコを作ってくれた。

そのブランコに喜んで乗っていた。

友達や、兄姉が背中を押してくれ

大きく揺れるのが楽しかった・・・と言う記憶がある。

ところが・・・・いつ頃からか?自分がブランコに乗って

漕がずに座っている分には良いが

漕ぐと、急に気分が悪くなり、目眩までするようになった。

子供を相手にする仕事柄、子供はブランコが大好きで

休み時間は競ってブランコに乗る子供達を

最初のうちは横について見守っていた。

わずか10〜20分間だったが、一番つらい時間だった。

何故だろう?

記憶には無いけれど、小さい頃喜んで乗っていたブランコで

よっぽど怖い思いでもしたのだろうか?

今でも原因は分からないけれど、

ブランコはばばにとって「恐怖の遊具」だ。



あとひとつ、ばばが怖い物がある。

それは、エレベーター。



今日も父を見舞いがてら病院へ行った。

雨が降っていたので、車は地下駐車場に入れた。

普段、階段を上るばばだが、たまたま目の前のエレベーターが

地下で止まっているのを見て「これで上がろう!」と即断。

乗ったのはばば一人。

それなのに、乗った瞬間、恐怖が・・・・

「もし、このエレベーターが途中で止まったら・・・」

「開」ボタンを押して飛び出したいのを我慢して

エレベーター内の壁に背中をくっつけ、目を閉じた。

当たり前のことだが、エレベーターは動きだし、数秒後には目的の階に停止した。

ドアが開くや、ばばは飛び出した。

廊下へ出た瞬間、ほっと安堵した。

何故、これほどエレベーターが怖いのか?

それは、20数年前の怖い体験があるから・・・・



20数年前、ばばの長姉が急に倒れ病院へ運ばれた。

次姉とばばは毎日病院へ長姉を見舞った。

ある時、いつものように長姉を見舞った後、

車に乗るため地下へ下りるエレベーターに乗った。

エレベーターは普通に動き出し、程なく地階で止まった。

普通なら、ここでスゥ〜〜とドアが開くはず。

ところが、どうしたことか、その日はエレベーターのドアが開かない。

数秒経っても、ドアは閉まったまま。

まさか?想定外の出来事が起こってしまった!

乗っているのは次姉とばばだけ。

エレベーターのドア1枚隔てて、駐車場で

車が動く音も聞こえるのに、ドアが開かない。

ばばと姉はエレベーターのドアをたたきながら

緊急用のボタンを押しながら、「開けて下さぁ〜い!!!」と大声で叫んだ。

普段、超冷静な次姉も大声で叫んでいる。

ところが、誰もばば達の声に気づいてくれない。

そこで、次姉とばば、今度はエレベーターのドアをドンドン叩きながら

いっそう声を張り上げて叫んだ。

「中に人がいます。開けて下さぁ〜〜い!!!」と。

それでも、誰も気づかず、ドアの開く様子もない。

万事休す!

閉所恐怖症のばばにとって、これ以上の恐怖はない。

パニック状態になり、ドアを叩き続けた。



どれほどの時間が経ったかは分からない。

エレベーターはばばと次姉を乗せたまま上昇を始めた。

??????訳が分からない。

それでも、動いてくれて良かった!

その時、何階かでエレベーターのドアは

何事も無かったかのようにスゥ〜〜と開いた。



止まったのが何階だったのか?

ドアが開いて、誰か人が立っていたのか?

全然記憶に無い。



だけど、あの恐怖は未だに忘れられない。

毎日のように病院へ行くばばだが、2基あるうちの、

特に地階へ下りるエレベーターにはなるべく利用せず、階段を使う。

別の1基も、連れがいる時とか、よっぽど疲れている時とか、

急いでいる時以外は使わないように心がけている。



あの時のあのエレベーターの一時停止、一体何だったんだろう?

話しても信用してくれる人もいない。

でも、これはばばだけで無く、姉も一緒だったから

決して空想とか作り話ではない。



世の中、いつ、どんな摩訶不思議なことが起こるかもしれないと

ばばは思っている。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

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