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03/19(火) 13:40
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03/14(木) 14:19
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1枚のワンピース

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ





3月19日(火)曇り風強

ここ数日、少しの暇を見つけては倉庫の片付けをしている。

食器類、タオルや、寝具、じじの趣味だったアマチュア無線機や

バイク関係の品、扇風機やヒーター等々。

なかなか捗らない。

そんな中、衣装ケースの中から出て来た1枚のワンピース。

見ているうちに、何だか切なくなってきて

色々な思いが一気にこみ上げてきた。

このワンピースは長女がお腹に居た時に買った、ワンピース。

買ってから40年以上が経った。

仕事柄、職場でこのようなワンピースを着ることは無かったが

必要に迫られて買った。

ばばが社会人になって3ヶ月は全く免許と関係の無い職場で働き

4ヶ月目に、自分の免許を生かせる職場ではあったが

正規では無く臨時職で10ヶ月間働き、その期限が切れる少し前

事務局から連絡があり正式採用された。

面接官から2つの職場を上げられ、どちらが良いですか?と言われたので

実家からも近い職場を選択した。

車の免許も無く、定期的なバスも無く、

やむを得ず、ばばは職場近くで下宿をすることに。

お世話になったのは、当時既に80歳は超えていたおばあちゃん一人暮らしのお宅。

そのお宅の4畳半位の部屋を借り、寝る時は6畳位の表の間に寝ていた。

下宿なので、高齢のおばあちゃんが朝食、夕食を準備して下さった。

土曜日の午後にはバスで実家に戻り、日曜日の夕方、下宿に戻るという生活が1年ほど続いた。

ばばは、祖父母との思い出は全然無かったが、おじいちゃんやおばあちゃんが大好きだった。

だから、仕事から帰宅すると毎日のように、下宿のおばあちゃんと手をつないで散歩したりするのが楽しみだった。

おばあちゃんも、ばばを我が子のように可愛がって下さった。

下宿して2年目、ばばは車の免許を取り、自宅から通うようになった。

おばあちゃんと別れるのは辛かったけど、自宅に帰る前などに、おばあちゃんの家に寄って

お話をしたり、お茶を頂いたりした。

自宅から通勤するようになって3年目、じじと結婚することになり、ばばは加計呂麻へ。

その後も、おばあちゃんに手紙を書いたりして交流は続いていた。

そのおばあちゃんから、「歳の祝い(長寿祝い)」の連絡が届いた。

88歳の歳の米寿の祝いだったと記憶している。

すぐに出席しますと返事した。

お祝いは8月だったと思う。

何を着ていこう・・・お腹には長女がいる。

普通のスーツは着ることが出来ない。

やっと、画像のワンピースを見つけた。
ワンピース

プリーツ仕様で、少しお腹が大きくても着られる。

夏休み、おばあちゃんのお祝いに合わせて帰省し、新調したワンピースでお祝いに・・・

おばあちゃんは、ばばの手を取り涙を浮かべて喜んでくれた。

それ以後も、おばあちゃんとの交流は続いたけれど、

数年後にはお亡くなりになった。

大好きなおばあちゃんのお祝いに参加するために買った、

当時のばばの給料からしたら高価なワンピースだった。

普段、着ることはほとんど無かったけれど、次女を授かった時や、

県外への旅行などでは着用もした。

実際には20回も着てはいないと思う。

昨日、衣装ケースから出して見た時、背中のファスナーはさすがに開け閉めしにくくなっていたが

それ以外、今でも充分着用は可能かなぁと思ったりした。

このワンピースは、優しかった下宿屋のおばあちゃん、給料も少なかった新婚時代、

我が子誕生前の喜びと不安な思い等を思い出させる。

若い頃の洋服などは全て廃棄したけれど、何故かこのワンピースは40年経っても捨てることが出来ない。

下宿のおばあちゃんとは、不思議なご縁で結ばれていて

ばばが加計呂麻から島へ戻った時の職場に、おばあちゃんの息子さん、T先輩も着任。

息子さんと言っても、ばばよりはずっと先輩だった。

それから7年間、同じ職場で働き、その間、職場の打ち上げ会の時などは

ばばが「運転手」になってT先輩送り迎えをした。

そして、更に時間は流れ、ばばが、別の職場へ転勤になった時

T先輩のお孫さんで、下宿のおばあちゃんにとっては曾孫さんとのご縁ができた。

その曾孫さんも、今は立派な社会人になり、結婚し「素敵なパパ」になっている。

40年以上も前に購入した1枚のワンピース・・・・

このワンピースは、下宿のおばあちゃん、そのお子さん、お孫さん、

曾孫さんとのご縁まで思い出させてくれる。

今後、誰かが着ることも無いけれど、廃棄できない1枚のワンピース。

写真を撮った後は、又畳んで元通り衣装ケースに戻した。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

陸上自衛隊第15旅団 音楽隊演奏会

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ






3月18日(月)曇り

昨日、ある友人と会ったら「ばばちゃんのブログ見ましたよ。

日付が18日になっていましたよ」って教えてくれた。

あちゃぁ〜又々やっちゃった!

よくやってしまうんだよねぇ〜

「私は宇宙人だから、地球人より一足先に走っているのよねぇ〜」と

言い訳しつつ、笑って友人と別れ、帰宅。

夕食時、じじに「ねぇ、私、今日友人と会ったら、ブログの日付が

明日になっていたんだって」と言うと

じじは「僕は、前に進むどころか、

昨日とか一昨日の日付になっていることが、よくあるんだよ」

いいじゃない、いいじゃない、一人は前に進み、一人は後退し

二人合わせて「プラス マイナス ゼロ」ってことで・・・

と大爆笑、食後に日付は訂正した。

教えてくれたMちゃん、ありがとうね〜

じじにも「ばば、今日のブログ、変換のおかしいところがあったよ」

って言われるけど、じじに指摘されても素直に訂正しないばば、

性悪だねぇ〜

さてさて、昨日のブログで「昼かとても楽しみな事がある」って書いたけど

それは、自衛隊音楽隊の演奏を聴きに行くことだったの。

徳之島では、まだまだ文化的なイベントが少ないので

何かイベントがある時には、なるべく出かけるようにしている。

自衛隊音楽隊の演奏は以前にも聴きに行き

とても感動したので、絶対行く!と決めていた。

昨日の開演は、午後3時からだったので、2時少し過ぎに家を出た。

会場の文化会館ロビーでは、地元有志の方の「盆栽展」も開催されていたので

時間までは盆栽を見ながら時間を過ごした。

定刻開演。
旗

舞台右側には旗?が飾られ、左手には日の丸が・・・
旗2

そして、隊員の演奏する「君が代」を会場のみんなで斉唱。

その後、約1時間、次々と演奏したが、プログラムは無かったので

曲目で覚えているのは「美女と野獣」「ちびまる子ちゃん」の4つの

オープニングとエンディングの曲のみ。

曲名なんか分からなくても、ある曲ではゆったりと草原の中で

寝転んで空を見ているような・・・

又、別の曲では、みんなで賑やかに踊っているような・・・・

曲によってはソロがあったり、寸劇のようなのがあったり

観客も大声で笑ったり、手拍子をしたり、しずか〜〜〜に曲の中に入り込んだり

本当に心癒やされる一時であった。

隊員の中には鹿児島県出身の方が数名おられて、紹介された。

今回、来島したのは沖縄の陸上自衛隊、15旅団音楽隊の皆さんだった。

今回の来島の目的は、平成2007年、3月30日、鹿児島県から緊急搬送の要請を受けた

陸上自衛隊の第一混成団(那覇市)に属する4名の隊員が

徳之島へ向けて急行中、視界不良で進路を変更し徳之島空港に向かう途中

天城岳山頂近くの山中に激突し、尊い命を落とされた。

毎年慰霊祭が行われているが、今年は節目の13回忌。

その慰霊祭に参加されるために、沖縄から徳之島入りした音楽隊の皆さんが

昨日文化会館で演奏して下さったのだ。

日頃、厳しい訓練をされ、災害時などには各地で色々な援助、救護活動をして下さる

自衛隊の皆さんには、日頃から感謝しています。

でも、昨日、入場前に受付で頂いたパンフレットの表紙の写真には

空中のヘリコプターから降下している隊員さん、武器?を持って小走りに歩くような写真もあり

心が痛くなった。
パンフレット

パンフレットの裏表紙には「美ら島と県民の真心護る15旅団」という言葉が・・・

今回の隊員さん達が沖縄から来島されたということで、

絶対に戦争を起こしてはいけない、戦争はイヤだという気持も

強く沸き上がった昨日の演奏会でした。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

信じる?信じない?他

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ





3月17日(日)晴れ

昨日に続き、穏やかな晴天の徳之島です!

何も特別な収穫は無いけれど、じじは、毎日撮影に出かけている。

じじが出かける時は、ばばも必ず車庫前まで行き、

車の行き来を確認し、じじを誘導する。

わが家の車庫前の道路、以前は中央通りと言われ

車の往来も激しかった。

現在は、以前ほどでは無いが、やはり交通量は多い。

その上、車庫から出る時、左の方から来る車は確認できるが

右手からの車は、少しだけ道路に出なければ確認できない。

だから、とても怖い。

ばば自身が出かける時も、慎重に、慎重に・・・と思うけど

一瞬の隙が怖いので、毎回緊張する。

今日もじじを誘導しようと外に出たら、庭のデュランタの枝先に

白と黒の模様のある小さなチョウチョが舞っていた。

声を出さずに、靴を履いているじじの膝をトントン!

ばばがチョウチョの方を指さしても、じじは全く反応無し。

準備完了!のじじに「ほら!可愛いチョウチョが・・」と言うと

「ミスジアゲハ、何度もアップしているよ」って、興味を示さない。

そうこうしているうちに、どこからかモンシロチョウが飛んできて

ミスジアゲハと戯れだした。

写真に撮りたかったけど、先ずは、じじを見送ることが優先。

じじを誘導した後、庭に戻ったら、何処にもチョウノ姿は無く・・・

あぁ〜〜〜残念!

チョウガいなくなったので、新しく芽を出したチューリップをパチリ。

おっ!初めて見る花色だ。

オレンジ色っぽいけど、開花が楽しみ。
チューリップ


やはり、茎は伸びずに花だけが少し開いた状態になるのかな?

あと数日後が楽しみ。

話は全く違うけど・・・・

過日、手作りどら焼きを沢山頂いた事を書いた。

その時に、下さったお姉さんと同姓の方ご夫婦のことが、じじとばばの話題になった。

もう、何十年も前、まだ現職時代のこと。

夏休みだったかな?じじと二人職員研修旅行で鹿児島に行った時の話。

市内観光などを済ませ、市内からは離れたホテルが宿泊先だった。

夕食も終わり、「さて寝よう・・・」と、布団に入ったばば。

しばらく経って、急に目が覚めた。

でも・・

声が出ない!体が動かない!

じじを呼ぼうにも、どうしようも出来ない。

どの位経ったか?「じじ!!!」と大声で叫んだ。

時ならぬばばの叫び声に、じじもパッと起きてくれた。

「体が動かなくなって、声も出なくなった!」と訴えると

ビックリしたじじは、その時の主催者に助けを求めたみたい。

ばばは「金縛り」という言葉は知っていたが、

どんな状態になるのかなど知らなかった。

少し時間が経って「これが金縛りかも・・・何かの霊がばばに付いてしまった!」

と思うと、怖くて怖くて・・・

ほどなく、隣室だったT先輩夫婦が、部屋に来て「部屋を交代しましょう」と言ってくれた。

「えっ?良いんですか?」と申し訳なく思いながらも、甘えさせて頂くことにした。

部屋を代わって、しばらくは「又、金縛りに遭うのでは?」と恐怖を感じたが

いつの間にか深い眠りに落ち、無事、朝を迎えた。

この経験をして、暫くはとても怖かった。

「金縛りって、何かの霊が・・・」と思い、

「あの部屋で、過去に何かあったのでは?」等と色々考え、怖かった。

当時詳しいことを教えてくれる人も無く、身近にパソコンなども無かった時代。

自分でもパソコンが使えるようになって調べた結果

「金縛り」とは睡眠に関係があるとか色々説明されていて、

怖いものでは無いと分かり安心した。

じじは「霊的なもの」など絶対信じないけれど、ばばは信じるから

ちょっと普段と変わったこととかがあると、自分で勝手に「霊的なもの」と

思ってしまうんだよ、じじから言われてしまう。

だから、ばばがいくら真剣に話しても「はい、はい、、はい」

とじじは右から左へ受け流してしまうけど、やはり、怖いものは怖いばばです。

今日は、昼からとても楽しみなことがあるので、頑張ってブログも午前中にアップ!

お昼からの楽しみなことについては、又、明日でも書くね〜

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

忘れてはいけない

by ばばの日記

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3月16日(土)晴れ

昨日と打って変わり、暖かい日差しがあり穏やかな天気の徳之島です。

天気の良い日は、必ず庭の植物をチェックするばば。

そんなに数多くは無いけれど、剪定とかもうまく出来ないけれど

ずっとずっと大事に見守ってきたいと思う植物ばかり。

そんな中でも、特に気にかけているのが桜の木5本。

花が咲くまでに成長している木は1本。

植えて何年経っただろう?

義両親が病院と介護施設で大世話になっていた時期にじじ妹夫婦に兄弟旅行を計画して貰った。

義妹夫婦と、じじとばば、それにばば姉の5人で行く事になった。

ところが・・・・・

義母がお世話になっている施設の方から、「いざという時、連絡の取れる方が近くに居ますか?」

と問われたが、みんな旅行に行くので誰も居ない。

そんな時、Tちゃんが「私に任せて!」って引き受けてくれた。

Tちゃんとは、学生時代の同級生だけど、二人とも徳之島出身と言うだけで

親しく話す事も無かったが、偶然ばば姉宅の近くにTちゃんが住んでいた事から

姉とTちゃんが親しくなり、その後、ばばも親しくなったという経緯がある。

そんなTちゃんが、ばば達が留守の間、義母がお世話になっている施設との

連絡係になってくれると言う。

ただただ、感謝しかなかった。

Tちゃんのおかげさまで、楽しい兄弟旅行も実現した。

旅行から帰って義母との面会に行くと、ばば達が留守の間に

Tちゃんは何回か施設を訪ねてくれてもあり、お見舞いまで頂いていた。

そういう事があってしばらく経ったある日、

「桜の苗木要らない?」とTちゃんから姉を通して連絡があった。

二つ返事で、すぐに苗木を届けて貰った。

庭の片隅に植えて、かれこれ今年で6,7年。

植えてから2,3年後だったか?

初めて桜の花が1輪咲いた時の感動は忘れられない。

自宅の庭に桜が咲くなんて・・・・

桜が満開になったら「木の下に集まって花見をしながらコーヒーでも飲もうね」

って約束したんだけど・・・Tちゃんは遠慮して、なかなか寄ってくれない。

今年は、つい数日前、葉桜になっている木の真ん中辺りに

3輪の桜がひっそりと咲いていた。

この桜って、何月に満開になるんだったっけ?

まだまだ「満開の桜」は見た事が無いけれど・・・秋頃だったかなぁ?

島で咲く桜だから「寒緋桜」かなぁ・・・

ばばは、この木は、ばばが一番困っていた時に助けてくれた

Tちゃんの名前を使って「Tちゃん桜」と勝手に命名した。
登喜ちゃん桜

この木を見る度に、ばばは「人の優しさ」について

あらためて考えるし、自分もTちゃんのように

困っている人の役に立ちたいと強く思うようになった。


Tちゃんは、ばばにとって大事な大事な友人。

じじにとっても、大事な友人が何名かいる。

じじが大病をしてから特にじじの健康を気遣い、

じじが野鳥や島の自然を撮影するのが趣味と知ってからは

貴重な植物の生えている場所を教えてくれたり、今まで見ることの無かった

島の風景を見せてくれたり、島で出来るフルーツを届けてくれたり・・・・

今日は、昼前に来客があり、出てみると、男の方が立っていて

「Tさんから頼まれた」とタンカンを届けてくれた。

もう、そろそろ、タンカンの時期は終わり。

数日前、じじがTさんと会った時、「タンカン好き?」と聞かれたので

「好きだよ。特に、うちのばばが大好きで・・」と答えたらしい。

そしたら「もう、時期も終わりで良い物では無いけど、近いうちに届けるね」と

言ってくれたらしく、今日、届けてくれたのだ。

タンカン

有り難い!!!

じじの2,3倍、ばばの方が食べてしまうタンカン。

もう、彼方此方で入手するのも困難になっていて、諦めていた矢先

じじの友人からのサプライズ!

本当に有り難いです。

バカ食いせずに、味わいつつ、大切にいただきます!

自分の友人、知人、じじの友人、知人に感謝しつつ

そういう人たちを大切にしていきたいと思います。

他人から頂いたご恩は、決して忘れてはいけない!と思うばばです。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

誰かが見ているような・・・・

by ばばの日記

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3月15日(金)曇り時々小雨

昨日、「明日からは天気が悪くなるってよ」と何名かから聞いたけど

やっぱり本当だった。

夕べから雨が降り始め、今朝も小雨。

洗濯物が溜まっていたから、洗って部屋干し。

湿度は40%台と低いから、室内干しでも乾くかも。

少しだけ軒下にも干したけど、どっちが先に乾くかな?



今日は、撮影以外の用事で、じじは午前中短時間外出。

帰って来たら「予想外に高いんだなぁ」と

買って来たばかりのスマホケースを見せてくれた。

青系で、まぁ、良い色だね。

スマホに替えて、そろそろ1ヶ月は過ぎたかなぁ・・・

最初はケースも無かったけど、そのうち真っ赤なドレスを着せ

数週間後、真っ黒なドレスに衣装替え、

そして今回、やっとお似合いのスーツに・・・
スマホ

スーツのせいで「彼女」が「彼氏」に見えてきたとか?



数日前、マヨネーズのことを書いたが、

マヨネーズに関しては、忘れられない思い出がある。

約20年近く前、職場の出張で沖永良部へ飛行機で行ったことがある。

偶然、義妹も一緒だった。

同じホテルに泊まり、翌朝の朝食時のこと。

ホテルの食堂で、ご飯や味噌汁、それに野菜サラダ等の定食だった。

野菜サラダを食べようと、まさにマヨネーズをかけようと思った時

ふと、誰かに見られているような気がした。

それとなく周囲をうかがうと、ばばと義妹の右側に座った

年配の男の方二人が、こちらを居ているような・・・・

「???」と思ったけど、あまり気にもとめず、マヨネーズの蓋を外して

野菜の上にチョチョンとかけ、義妹も同じようにした。

食事をしながら、ふと気づいた!

マヨネーズの蓋の真ん中辺りに窪み?がある。

何で?と思いながらしっかり見ると、窪みの部分を開けられるようになっているでは無いか!

マヨネーズが世に出て、何十年になるか分からなかったけれど

使う時は、必ず、蓋を外して使うのが普通だったので、衝撃だった。
マヨネーズ

窪みの上に小さな突起部分があり、そこを親指で上げるようにすると

蓋の上部だけが開き、そこには小さな注入穴があって
マヨネーズ2

マヨネーズを少量ずつ、チョロチョロっと出すことが出来るのだ。


いつの間にかマヨネーズは進化していた。


その後、義妹とばば、クスクスと笑いが止まらず・・・

ばば達の様子を見ていた男の方たち、ばば達が、きちんとマヨネーズを使えるか

見ていたのかなぁ?と思うと、何故か恥ずかしくなった。

だって、それまで、マヨネーズは家でも職場でも、蓋を外して使っていたから・・・

失敗から始まった研修会だったが、何と!朝、ばば達の方をじぃと見ていた男の方達、

事務局のお偉いさんだった。



研修は無事終わり、帰りの飛行機に乗った時、義妹とばばは席は離れていた。

早めに座っていた、ばば。

と、ばばの横に、あの事務局のお偉いさんが立っていて、

申し訳なさそうに「あの・・・・」と言う。

その時になって、ハッと気づいて、チケットの座席番号を見ると

あぁ〜〜〜〜又しても大失敗!

何と!ばばはお偉いさんの席に座っていたのだ。


ばばの席は、座っていた席の1つ前。

飛行機が離陸し、奄美空港に着くまで、ずっとお偉いさんに後ろから見られているようで

身を竦めて隠れたい気持ちのばばだった。

飛行機が奄美空港に着いて、降りる時、お偉いさんが軽く会釈したので

ばばは恥ずかしくて、恥ずかしくて深々と頭を下げた。

「マヨネーズの使い方」事件と言い、「座席間違い事件」と言い

オッチョコチョイで、物知らずなばばの大失態。

20年近く経った今思い出しても恥ずかしい・・・・

なぜ、この事を思い出したかというと、最近になって、朝食時マヨネーズを使い出したじじが

たまに、マヨネーズの蓋を外してから「あっ!」という顔をして

上の方の蓋だけ開けることが何回かあったので、

じじを笑う前に、自分の大失敗を思い出したばばでした。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

どうなるかなぁ・・・

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ





3月14日(木)晴れ

今日までは天気が良いらしい。

可燃ゴミを出した後、何故か「今日は倉庫を片付けよう!」と思い

ゴミ袋を準備して、倉庫へ。

最初に片付けるべきは、何時か使うかも知れない・・・と

取って置いた段ボール。

箱をいくつかに細分して段ボールへ・・・

大きなゴミ袋1個分と、小さなゴミ袋2個分しかまとめられなかったが

毎日少しずつ進めていこう。

段ボールと言えば思い出す。

何年か前、ばばが大量の段ボールを庭に出してゴミに出そうとしていたら

たまたまご近所さんがふたり、わが家へ顔を出し

「ばばちゃん、段ボールはね、水で濡らせば小さく折り曲げられるから

先ずは、濡らしなさい」って教えてくれた。

その時は、言われた通り段ボールにホースで水をかけ、暫く放置して置いて

半乾きになった時に、小さく裂いたり、折り畳んだりしてゴミ袋に入れた。

なるほどね〜と感心した。

先輩達は色々な事をばばに教えてくれる。

ゴミ袋、1枚が小で25円、大は50円もするから

なるべくゴミをぎゅうぎゅうに詰めて出すようにしている。

現在、可燃ゴミは週に2回、不燃ゴミや資源ゴミは隔週で

決まった曜日に出す事が出来る。

可燃ゴミは、夫婦ふたり暮らしでも、必ず週2回出している。

いかにゴミが多いか・・・

ほとんどは食料品の包装紙とかパック、毎週配られるチラシとか

メール便とかだけど。

今以上ゴミを減らす事は出来そうに無いから、

これからも毎週2回はゴミ出しを続けるだろうな。

ゴミ袋が有料になるなんて、数十年前は考えられなかったなぁ。



作業を終え、倉庫を出たところでご近所の先輩ふたりと会った。

一人はお墓参り帰りだそうで「お墓は物食べないって言うけど

あれはウソだよ。お線香、酒、お花といくらお金がかかるか・・・」って。

月に2回、普通はお墓参りに行くけれど、お花代も結構かかるって。

普通はイヌマキの枝を買って持って行くが、本当は榊を供えるんだって。

イヌマキの枝は、お店で買っても数百円で買えるだろうが

榊は800円でお店に出ていたって。

イヌマキは庭や畑の隅にあるところも多いけど、榊なんて山へ行かなくちゃ

切れないんじゃ無いかなぁ?

でもね、最近は本物の榊では無くて「榊擬き」を供えるところも多いんだって。

ばば達は、イヌマキの木が庭にあるけれど、ここ数年は滅多にお墓に持って行かない。

これから暖かくなってくると、お墓の花瓶にボウフラがわいてしまって

悪臭はするしイヤなので、何年か前に姉の話をきっかけに

造花を飾るようにしている。

ばばが子供の頃、お墓参りにはゲッキツの枝を持って行ったりもしていたような記憶が・・・

時代と共に、お墓参り事情も変わってくるんだね。
ブーケ

そう言えば、数日前実家のお墓参りに行った時にも思った事。

ばばが子供の頃、お墓は急な坂を下ったところにあった。

お墓の場所は2カ所位だったかなぁ・・・・

お墓に水道も無く、線香に火を付けるライターも無く

お墓参りに行く時は、ヤカンに水をいっぱい入れて持ち、

線香に火を付けるためにマッチも持参していた。

今は墓地内に水道も出来、線香に火を付けるのもライターを付ける人が多いと思う。



もう、20年位になるだろうか?

集落からお墓に行く途中の畑が墓地になり、お墓が建てられた。

次々とお墓が建てられ、現在は10数件のお墓があると思う。

なぜ?集落の近くに・・・と思っていたが、今にして思えば

先見の明があったんだなぁと思う。

畑だった場所に作られたお墓は集落から近いし、急な坂を上がり下りしなくても良いし。

昔からのお墓は、「クラチンシラ」と呼ばれる急な坂を下って行き

上って帰ってこなくてはならない。

行き帰りだけでも大変だと思う。

祖先を大切にする風習があるから、年老いても月2回はお墓参りをする人が多い。

足腰が弱くなり、背中を屈めてお墓参りをする先輩方の姿を見ると

次は自分も・・・と思ってしまう。

自分で車の運転が出来なくなれば・・・まさか、タクシーでお墓参り?は考えにくい。

かと言って、バスは1日数本。

うまくバスの時間に会わせて往復できるかどうか・・・

今から考えても、頭が痛くなるので、あまり真剣には考えないようにしているけど

もうすぐ、現実になるんだよなぁ・・・心細いなぁ・・・

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

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