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亀津漁港より東区市街地を望む

by じじの写真日記

徳之島じじとばばのブログ


9月21日(火) 天気 晴 室温 30 ℃  湿度 61 %


 今日のアップは先月に撮った、徳之島町亀津漁港沖防波堤より東区市街地を望んだ風景です。


(2010年8月4日、6:26 徳之島町亀津漁港で撮影)

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

東区海岸のアジサシ

by じじの動画日記

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9月21日(火) 天気 晴 室温 30 ℃  湿度 61 %


今朝は、久しぶりに水平線から出てくる朝日がほぼ完全な形で見えた。

2本に分割して動画で撮ったが、後日チャンスがあればアップしたいと思う。




 先日、いつもの海岸で柔軟運動をしているときに、久しぶりにアジサシが狩りに来ていた。

約50m前後離れていたので被写体が小さくて、カメラワークが少ないので一応撮れた。

 鳥の飛行中の撮影は先を読んで追尾するが、なかなか上手く行かないもんである。

アジサシは、この海岸では、たまにしかやって来ないが、諸田池ではよく見かける。



東区海岸のアジサシ





(2010年9月18日、6:35 徳之島町亀津東区海岸で撮影)

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

「ごたいめ〜〜ん」したくないのに・・・・

by ばばの日記

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9月20日(月)晴



ここ数日、いい天気が続いている。



そこで、ばばはNHKの「ためしてガッテン!」でみた



「ウルトラショウガ作り」をした。



Aコープでショウガが大量に入って100円で出ていたので



「これは買うしかない!」と・・・・・



ショウガはなぜか好き!



かと言ってショウガ湯を飲むわけでなし、



ショウガを使って肉を焼くわけでもなし、



あの香りが好きなのかなぁ〜〜〜。



だから、無人市場でもショウガがあればすぐ買う。



それも大量にね・・・・



ショウガ焼きのタレを作ったり、佃煮を作ったりするけれど



なかなか自分では食べない。



姉やお隣ご近所に分けてあげて、残りは冷凍・・・・・



数ヶ月も冷凍庫の番をさせてしまうことが多い。



今回作った「ウルトラショウガ」本当に活躍してくれるのかなぁ・・・・(ばば次第だね)






そうそう、、今日はショウガのことを書く予定ではなかったんだ〜〜〜〜







じつはね・・・・・・



ごたいめ〜〜〜ん、したくないのに、ご対面してしまった???が題材だったんだ。





過去にも2回ほどばばのブログに書いたけれど・・・・・



又してもネズミが我が家に侵入したんです!



いつ、どこから侵入したのか全く分からない。





10日の朝、押入の中に見覚えのない物体が・・・・



数日前じじが「じじのおやつのグゥワバ知らない?確か2,3個残っていたはずなんだけど」



と、ばばに言ったのだが、ばばはもちろん食べてもいないし、どこにあるかも分からない。



あるはずの物がない????変だな?とは思ったけど深く気にもしていなかった。





数日後、不思議だったけど、押入の中からはグゥワバが、



ばばのタンスの前からは、じじが横半分に切って



果汁を絞り、酢の代わりに使った島青ミカンの絞りかすが・・・・



さらに、じじのおやつとして、ばばがなおしておいた個包装されたカステラが



包装を食い破られて・・・・・・・



ばばは、すぐ犯人が分かった。じじも分かったはず。



全て犯人は不法侵入者だ。





早速、罠を仕掛けた。



しかし、翌日は義妹家族が泊まりがけで来る。



もし、この罠を見たら義妹の孫Hちゃんが怖がるか、気味悪く思うかも・・・・



と、考え一旦仕掛けた罠を片づけた。



義妹家族が泊まった次の朝、ばばが布団を片づけようと押入を開けたら



オォ〜〜〜ッ、前日、義妹が持ってきてくれた米袋が食い破られて、



米粒が押入の中に散らばっている。



こうなったら、義妹家族にも正直に話そう・・・・・





義妹家族に話すと、「我が家にも結構ネズミが来て、バトルを繰り広げたよ。



退治するには赤い粒薬を買ってきて、ネズミの通り道に置いて、



餌が無くなったら補充するの。餌が減らなくなるまで置き続けるのよ。



そしたら、確実にネズミはいなくなるから・・・・・」って。





良いこと聞いた!!!



一泊して帰る義妹家族を見送った帰りに早速薬局に寄り義妹が話していた薬らしき物?を買った。



その夜、アルミ箔のカップに餌を入れ台所、押入、廊下など奴が通りそうな場所に置いた。



翌朝、期待を込めて餌を仕掛けた場所を見たが、どこも餌は減っている様子がない。



義妹の話によると、敵も然る物で、餌を食べはせず近くまで来て2,3日は様子を見るのだそうだ。



この分では、長期戦を覚悟した方が良いな・・・・・





それから5日目。。。。。。



ばばは、明け方(奇しくも4時44分の並びの時刻だった)起きてトイレに行った。



その時、ギョッとした。



裏階段の方の戸が開いているのだ。



慌てて、「じじ〜〜戸が開いてるよ〜〜」と叫ぶと



「しまった!じじとしたことが!戸を閉め忘れるとは!」とじじはベッドで悔しがっている。



「そこからネズミが入ってくるんだよな〜〜〜」とも・・・・・





そして、ばばは又寝床に入り、しばらくしてじじは起きて朝のジョギングに行き、帰って来た。



帰って来たと思ったら、「#$%&’〜*+?>!!!!」



という声がじじの部屋から聞こえてきた。



すっ飛んで行って見ると「今、ネズミともろに対面した!」と興奮しているじじ。



じじの部屋の本など並べてある下の床にネズミがいて、じじを見ると棚の上に駆け上り



一瞬のうちに何処かへ姿を消してしまったというのだ。





あちゃ〜〜〜、先に侵入したネズミと同じか?それとも???



昨夜、じじが閉め忘れた入り口から入ってきたのか?



となれば、複数匹のネズミが我が家にいることになる。



ネズミとの同居なんてイヤだよぅ〜〜〜。





最初、異変に気付いてから今日で10日目。



我が家の中にネズミはいるのか?いないのか?





もし、いなければ幸い。



いたとしたら、絶対に「ごたいめ〜〜ん」したくはない。





それにしてもネズミって奴は・・・・・



早朝に、玄関脇から堂々と入ってくるかと思うと



いつ、どこからともなく忍者の如く忍び込んでくる。



わざわざ階段上がらなくても、餌のある場所はいくらでもあるのに



なんで、ばばの家に何回も入り込むの?



もしかして?じじ&ばばが好きになったとか???



でも、ダメダメダメ!!!!!!!!!!



あなたと同居はできません!!!



ばばも手荒いことはしたくないので、さっさと出て行った方が身のためよ〜〜〜。



分かった?



分かったら、チュ〜〜と泣いて出て行ってね〜。

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オキナワスズメウリ

by じじの写真日記

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9月20日(日) 天気 晴 室温 30 ℃  湿度 63 %


先日散歩中に農道で撮った「オキナワスズメウリ」をアップします。

当サイト3回目の登場ですので、説明のコメントは省略します。


(2010年9月10日、17:02 徳之島町亀津北区農道で撮影)

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

ミユビシギ 

by じじの動画日記

徳之島じじとばばのブログ


9月20日(日) 天気 晴 室温 30 ℃  湿度 63 %
 

 今朝も、積乱雲は多少あるものの、穏やかな真夏日になっりそうだ!

まだまだ島は、暑い!連日真夏日だ!





 昨日は、干潮時を見計らって、昼前に大瀬川へ行った。

さすがに日差しが強く直射日光は焼け付くような暑さだった!

 キョウジョシギ・キアシシギ・イソシギ・ヒバリシギ・ハジロコチドリ・メダイチドリ・トウネン・ダイゼン・コサギ・カワセミなどに混じって、

ジジが初めて見る「ミユビシギ」が来ていた。

 和名の通り、ミユビ(三指)シギだから足の指は三本あるのが特徴だろう。

写真をよく見ると、親指に当たる、後ろ付け根の短い指が退化して無いようである。

止まり木に留まらない鳥たちは長い時間で退化して消えて行ったんでしょうね?

トウネンとよく似ているが体が一回り大きい。

 静止画も撮ったが、そのとき撮った静止画のほとんどが真っ白に写っていて、残念ながらミユビシギは真っ白だった。

今原因を調査中である。カメラ(D7)の誤動作だったら大変だなぁ!



ミユビシギ





(2010年9月19日、11:08 徳之島町亀津大瀬川下流で撮影)

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天国の兄さんへ

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ



9月19日(日)



今日は大好きだった兄の、命日だ。



まさか49歳の若さで兄が天国に召されるなんて・・・



忘れもしない、昭和63年9月16日。



ばばは、道徳の授業をしていた。



たまたま「たった一つの命」「かけがえのない命の尊さ」について



子ども達に話していた時電話を取り次がれた。



普通は授業中に電話を取り次がれることなんて無い。



異様な胸騒ぎを憶え電話のある部屋へ走った。



電話の内容に、ばばは失神しそうだった。



鹿児島にいる兄が出勤前に倒れ救急車で運ばれたという。



すぐに、休暇届を出し姉と一緒に飛行機で鹿児島へ飛んだ。



病院へ直行したが、すでに兄の意識はなく気管切開をされていた。



それから3日後、みんなの願いむなしく兄は49歳で天国へ旅立った。






ばばと10歳違いだった兄。



女姉3人の中に男の子は兄一人。



我が家の「希望の星」だった兄。



努力家で、温厚で、いつでも家族のことを考えてくれていた。





貧しかった時代、兄は家族の期待を背負って大学へ進み念願の高校国語教師になった。



兄がK高校へ赴任した年、ばばは高校受験だったが



両親の「K高校へ行って、兄さんの炊事の世話をしながら高校へ行けば親も安心する。」



という一言で志望校を受験2ヶ月前に変更、予想だにしなかったK高校生になったばば。



中学三年生まで、ズボラで、ぐうたらで、



(いかにして家の手伝いをサボろうか)ということばかり考えていたばばが



入学直後から兄の身の回りの世話をし、食事の準備をし・・・・・



まるで高校生兼一主婦として奮闘の日々が始まった。



少しでも安く買い物をするために隣の集落まで歩いて往復した。



当時、初めてカッパえびせんが発売されたような気がする・・・



お風呂も隣の集落の銭湯まで行っていた。



そんな生活の中で、学校へ行けば、ばばは兄のことを「N先生」と呼ばなければならなかった。



極力兄と接近しないように校内を歩いた。



たまに廊下などですれ違うと兄はにこっと笑って、すぐに顔をそらして通り過ぎた。



兄は現代国語と古典を担当していたが、ばばの学年には古典を教えていた。



ある日、兄がばばに言った。



「古典のテストで、お前が悪い点数をとると、兄さんは恥ずかしい。



かと言って、満点とると問題を教えたと友達から思われるかもしれない。



だから、なるべく良い点数をとって、その点数をキープしなさい。」と。



ばばは国語は大好きで。将来中学校の国語教師になりたいと思っていたので



なるべく兄の期待に添えるように頑張った。



兄妹で、同じ学校で、兄は教師、妹は学生・・・・何とも妙な気持ちになることもあった。



ただ、「兄に迷惑をかけるような言動はいっさいしないぞ」と固く心に誓っていた。



k高校は島内唯一の高校で学生のほとんどが島内の中学校から来ていた。



ばば一人が徳之島からの入学だった。



先生の妹だから・・・・余所からたった一人で来ているから・・・・・でもなかっただろうが、



同級生・先輩・先生方からも、とても良くしてもらった。



入学後しばらくは、夕方になると徳之島の両親が恋しくていつも泣いていた。



兄はいつも帰るのが遅かったので、夕食の準備をし、一人で宿題をしながら兄を待った。



そんな時、センチメンタルになって泣きべそかいていた・・・・



高校生になっても、幼かったんだね、ばばって。







そんなばばが何時も思うことがあった。



(兄さんはいつ寝ているんだろうか??)と。



二部屋しかない町営住宅で住んでいたが、ふすまで仕切られた兄の部屋は



夜、ばばが何時に目を覚ましてもいつでも明かりが点いていて



机に見かっている兄の後ろ姿が見えた。







ばばは青春まっただ中。



食べれば食べるだけ体は風船のように丸々太っていった。反対に兄は・・・・・・



兄の同僚の先生方に「おい、○子、自分だけ美味しいの食べて



お兄さんに美味しい食事作ってるか?」と良くからかわれた。



今から思うと、兄に本当に申し訳なかったと思う。



栄養的な知識もなく、ただ自分が好きな物を作っていたような気がする。



そんな妹が作った弁当を3年間食べ続けた兄。



文句一つ言われたことはないけれど、もう少し料理がうまくできていたら・・・・



「美味しいっ!」って舌鼓うってもらえる料理が作れていたら・・・・・



ごめんね・・・・兄さん。





今思うと、切なくも楽しい高校3年間だった。





大学受験を控えた時、ばばは中学校の国語教師になるために学べる公立の短大と4年制大学を選んだ。



担任の先生も勧めてくれた。



しかし、兄は「お前の今の実力では希望している国公立はダメだ。」と・・・・・



兄の言うことはいつでも正しいと信じていたばばは、日本全国の短大、4年制大から



1,中学校の国語免許がもらえる。



2,学費が安い。



この二つの条件に当てはまる学校を選び出した。



4年生大は県外、短大は県内で各一校ずつ選んだ。



4年制大学に行くか、短大に行くかで随分迷ったが、



当時就職率ほぼ100%だった短大に自分で決めた。



そして、高校3年間学費を出してくれた兄と、



「先生ほど良い仕事はない」と呪文のように言い聞かされた両親への恩返しのためにも



一生懸命勉強して大学に合格し、教師になるんだと強い気持ちで受験し、合格した。





ばばは、最初の第一希望だった公立大学に未練はあったけれど



母が教えてくれ、ずっと座右の銘の一つとしてきた「鶏口なるも牛後なるなかれ」で



鶏口になるべく頑張るのも、又一つの道かな?と思い公立大学は諦めた。





選択は間違っていなかったと思う。



ばばは、その後自分の夢を実現させ、両親の元へ帰った。



そして、ある程度親孝行もできたと思っている。





兄は・・・ばばが高校を卒業し、2年後に結婚した。



そして奄美市への高校へ転勤。



その後、鹿児島へ転勤となり二つ高校で勤め、4月から県立図書館勤務となった。



地方奉仕課という部署で、これからはたくさんのおじいちゃんや、



おばあちゃんの為にも頑張るとばばに話した。



貧しい生活の中から兄を大学まで行かせてくれた島の両親へ思いを胸に、



地方のたくさんの方々のために勤めようと張り切っていた矢先・・・・・



新しい職場に移って半年しか経っていなかった9月。



当時は9月15日が「敬老の日」だったが、



倒れる前日には故郷の敬老の方々へ、兄は祝電を打ってあった。



敬老の日の翌日倒れ、3日後に帰らぬ人となった兄。



「これからが、親への恩返しの時」と語っていた兄。



徳之島の高校へ異動し、両親を喜ばせたかったであろう兄。



49歳って、若すぎる。



まだまだ、やりたかったことは、たくさん、たくさんあったはず。



無念でたまらなかっただろね、兄さん。





兄が無くなった時、19歳だった一人娘は、結婚し今では中学生と小学生の



女の子ふたりのお母さんになっている。



兄さんは、一人娘の結婚式の晴れ姿も可愛い孫も見ることができなかった。



無念だっただろうね。







今日は、兄にとって孫Mちゃんの運動会。



奇しくも、兄の命日。



義姉は先日から、孫の応援に行っている。



兄は目を細めてMちゃんの頑張りを天国から応援していることだろう。





兄さんが旅立ってから、23年。



兄さんの家族も、ばばの家族も、みんな頑張っているよ〜〜〜。







今朝、両親の仏壇の水を替えながら、ばばは祈ったよ。



お兄さん、お父さんやお母さんと一緒に、



これからも、ずぅっとずっと、天国からみんなを見守っていてね・・・って。

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