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「どんぐり役はイヤだ〜〜」って

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ

11月14日(金)晴れ

明日が15日でお墓参りに行く予定だったけどだけど、

天気も良いので、今日行ってきた。

行く途中、今日も自衛隊が先日と別の訓練をするという連絡が入ったので

総合グラウンドへ寄ってから行くことに・・・

既にヘリコプターが着陸していて訓練は始まっていた。

一昨日の訓練は物資輸送訓練で

今日は、医療班の訓練らしかった。

担架らしき物とかも後尾に置かれていた。

今日は、お墓参りが第一目的だったので

訓練は途中まで見てそのままお墓へ。

墓参りの後は、実家の庭に除草剤を撒いて

お昼ギリギリに帰って来た。

明日も、自衛隊の別の訓練があるというので

覗いて見たいし、他にも行きたい場所もあるので

忙しい1日になりそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日、ドングリのことを書いたけど

ドングリを見ると思い出す友達がいる。

同じ集落の、Kちゃん。

ばばが幼稚園生の時、

参観日のような行事があって、

全員で「どんぐりころころ」を踊ることになった。

普段から練習もしていたと思うけど、

いざ参観が始まってから、事件?は起きた。

「どんぐりころころ どんぶりこ・・・」

レコードがかかり、遊戯が始まった。

最初は、全員で輪になって、一人ずつ踊っていたが

「ドジョウが出て来てこんにちは」という歌詞のところから、

「ぼっちゃんいっしょに  遊びましょう」という最後まで

2人組でどんぐりとドジョウに別れて踊った。

ばばは、Kちゃんと組んで、首をかしげたりして可愛く?踊った。

さぁ〜、いよいよ事件が起きますよ〜

2番が始まった。

「どんぐりころころ喜んで しばらく一緒に遊んだが

やっぱりお山が恋しいと・・・・・」ここまでは、一生懸命踊ったよ〜

ところが、最後の最後「泣いてはドジョウ 困らせた」

というところで、どんぐり役はしゃがんで泣く真似をし、

ドジョウ役は立ったままで、どんぐり役の子の頭を

撫で撫でするのだが、ばばも、Kちゃんも

泣く真似をするのはイヤだと・・・・・

結局、二人とも最後まで突っ立ったままで曲は終わってしまった。

見ていた他の子のお母さん達は、大きな拍手をしていた・・・と思う。

Kちゃんのお母さんと、ばばの母が、どんな表情をし

どんな行動をしたか覚えていない。

ばばの母はとても厳しかったので、

その場では叱らなかったにしても、家に帰ってから

もの凄く怒ったと思うが、それも覚えていない。

ただ、全員が楽しく、可愛く踊る中で

「あなた座りなさいよ!」

「あなたが座りなさいよ!」と

お互い譲らず、突っ立ったままで終わってしまったKちゃんとばば。

あの時、本当は誰が「どんぐり役」だったのだろう?

ばばだったのかなぁ・・・・

数十年経ってからも、ずっとあの時のことが忘れられない。

Kちゃんは、現在鹿児島在住。

中学校卒業以来、会ったことは無い。

どんぐりの時期になって、どんぐりを見ると

必ず思い出す・・・・・

Kちゃんと踊った「どんぐり ころころ」の遊戯のことを。。。。。。。



Kちゃんとは、もう一つ忘れられない思い出があるが

それは、又明日でも。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

かつて、ばばはワイルドだったぜぇ〜

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


11月10日(土)小雨後曇り

朝、宅配便でクール便の荷物が届いた。

中身は????ヒ・ミ・ツ!

小さな平べったい箱が4個入っているんだけど、

その品物が入っていた箱が品物の3倍くらいの大きさ。

入れ物に対して品物が小さいので、当然隙間が出来る。

その隙間を埋める為に、綺麗なラベンダー色の

和紙?が入っていた。

その長さたるや、優に7メートル。

幅も60センチくらいあった。

取り出してはみたものの、隙間を埋める為に入れてあったので

しわくちゃになっている。

「あぁ〜勿体ない!勿体ない!」と思うばば。

何かに使えないかとも考えたが、良い案が浮かばない。

綺麗に折りたたんで、押し入れにしまおうかと思った。

・・・が、止めた。

(いつか使うだろう・・・)と、色々な品物をしまい込んでも

その(いつか)は来ないと夕べ呼んだ本に書いてあったからだ。



これまでも(いつか使うだろう)と思っては、

押し入れにしまったままの物が押し入れの四分の一くらい占めている。

使いもしない物に場所を提供し、掃除がしづらくなる・・・・悪循環。

断ち切らなくちゃ!と思っていたところだったから

思いっきり良く、クッション材にもなっていた綺麗な紙をゴミ箱に入れた。



ばばは、退職してからネットで買い物をすることを覚えたが

送られてくる品物に対して、入れ物がやけに大きいことが良くある。

空き箱はゴミになる確率が高いから、勿体ない、勿体ない。



ばばが、もう少し器用だったら

空き箱や包装紙を上手く活用できるだろうけれど・・・・・



ばばはね、不器用人間だけどチャレンジ精神は旺盛だったと思うよ。

これまでもブログに書いたことがあるが、

ばばの小さい頃は学用品も高級品だったから

消しゴム等も、大事に大事に使っていたよ。

ある日、誰かが消しゴムは手作りできる・・・と言い

その作り方を教えてくれた。

今のばばだったら絶対信じないけれど、当時は純真だったから・・・・

消しゴムの作り方は、枯れていないススキの穂を小さくカットして

そのカットしたススキの穂に、ガジュマルの樹液を付けて固めるというもの。

ススキなんて何処にでもあったから、すぐに採って来て、カットし

ギュッと丸めてお隣ご近所のガジュマルの木の幹を石で叩いて

樹液が出るとススキを押し付けて・・・・と言う作業を?

延々と約半日続けたよ。

お隣ご近所回らなくても、自分の家に集落でも1.2番の大きなガジュマルがあったのに

何で、集落中走り回ったのだろう?

今にして思えば不思議で自分でも理解できないけれど、

当時は真剣だったよ。



よそ様のガジュマルの幹を無断で傷つけ、半日の手間暇をかけ

完成した消しゴムは????

完成した記憶が無い!

今考えれば当然だと思うけど、そんなに粘着性があるわけでも無い

ガジュマルの樹液でまだ青いススキの穂を固めようというのが

そもそも可笑しいよね。



あっ、そうそう、消しゴム作りに失敗した後は

よそ様の竹垣から竹を折って作った自家製編み針で

編み物にもチャレンジしたよ。

編み物なんか誰からも習ったこともないのに・・・・・

当時、毛糸等買うことは出来なかったけど・・・・・

一体何で、何を編もうとしたんだろう?



高校生になってもばばの暴走はおさまらず・・・・・・・

靴下カバーなる物が流行っていたので、買うより自分で作ろうと

セーターの袖を切って作ってみた。

靴下で型を取ってね。

まぁ、履けたけど、やはり人前に履けるような物は出来るはずも無く・・・・

袖2つ切られた自分のセーターを見ながら後悔したよ。



あと、ひとつ。

ばばが小学生の頃は油粘土など無かった。

だから、図工で粘土を使う時は、山の近くの畑に行って

粘土層の地層を見つけて削り取ってくるか、川に潜って

川底の粘土の塊のある場所から削り取るしか無かった。

ワイルドだったなぁ〜、今考えれば。



ばばが小学生の頃のように好奇心旺盛で

行動力があれば、色々な物が作り出せそうな気もするけど・・・・

不器用さは直っていないから、まっ、無理かぁ〜〜。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

サイレン台・通学路

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


4月23日(月)晴れ

ばばが子供の頃・・・早朝6時(5時だったかなぁ?)・正午・

夕方5時に校区3集落にサイレンが鳴り響いた。

ばばにとって早朝は目覚まし・正午は昼食・夕方は帰宅時刻の目安だった。

今も1日3回、あのサイレンは鳴り響いているだろうか?


今住んでいる地域でも、10数年前まではサイレンが鳴っていた。

しかし、最近ではばばがサイレンの音を意識することはほとんど無くなった。

昨日会ったある人に聞いてみると、

「朝と昼は鳴らないけど、夕方5時には鳴るよ・・・」って。

そうかぁ・・・たまぁに聞くことはあるけど、

ほとんど、ばばはサイレンの音を聞いていないだけなんだね。


サイレンが鳴っていた頃は、サイレンの音が

「ウゥ〜〜〜ゥゥゥゥゥ〜〜〜〜」鳴りだして

鳴り止むまで、だいたい数十秒から1分近くは鳴ったと思うが、

最近では、たまにばばがサイレンの音に気づく時

ほんの10秒足らずで消えてしまう。

これは、サイレンが鳴らなくなった発端ともなった

ある事件が関係しているらしい。


ばばが子供の頃、どの家にも時計があるという時代ではなかった。

今はどの家にも時計があり、外出時は腕時計をし

腕時計はなくても携帯があれば時間が分かる時代だから

サイレンは必要ないね。


子供の頃は実家集落の近くにサイレン台があって

定時に大きな音で鳴り響いていたが

「どうして?あのサイレンを鳴らしているんだろう?」と思ったことは何回もあった。

大分経ってから思うに、定時になれば音が鳴るように

きっとセットされているんだろうなと思うようになった。

・・・が実際は分からない。

もしかしたら?役場でサイレンを鳴らす担当者がいた?

まさかねぇ・・・・


このサイレン台は、

通学路途中の畑道を上がって行った場所にあったと記憶している。

1回だけ、家に帰る途中、友達数名とサイレン台の近くまで行ったことがあった。

細長い角形の鉄柱のような物があったと記憶している。


4月初旬、ある方のホームページに

ボランティアで、このサイレン台周辺の雑草刈り払いをして下さった

ふたりの方が紹介されていた。

ばばも知っている方だったので、後日電話をする機会があり

その中でサイレン台のことを聞いてみた。

当時は通学路途中から行けたのだが、今はある方の家の近くから行く

1ルートしかないそうだ。

ばばが子供の頃通った道は雑草が生い茂り、

今は人間が通ることも出来なくなっているんだって。


今は、通学路とか決まっていてそのルートを登下校するだろうが

ばばの子供の頃は決まった「通学路」はなかった。

朝はとにかく最短距離を通っていくけれど

帰りは彼方此方回り道をして帰っていた。

何故回り道をしたかと言うと・・・・

以前にも書いたけど、男子が待ち伏せをしていて、ばば達をいじめるので

いかに男子に見つからず家に帰るかがばば達女子の最大課題であった。

来る日も、来る日も頭を寄せ合って相談し、

男子に遭遇しないであろうルートを通るようにしていたが

それでも、たまに男子と女子の思惑が一致し、

男子にいじめられて、泣きながら帰ったこともある。

ばばは、いじめられて泣いた記憶は無いけど

男子がワッと目の前に現れただけでSちゃんは泣き出し

ばば達はいつもSちゃんをなだめながら必死で逃げ回っていたのだ。

今、男子同級生と会っても、そんなこと覚えている人はいない。

でも、いじめられたばば達は何十年経っても忘れられない。

怖かったけど、今思えば微笑ましい思い出。

男子だって本当に女子に暴力をふるって

怪我をさせようなんて思ってはいなかったと思う。

「畑に押し転がすぞ〜」と言われたり

たまに赤土の塊を投げて女子が怖がり、逃げるのが面白かったんだろうね。

当時は、ただ怖くて逃げることしか考えなかったけど・・・・

家に帰って、両親に男子が意地悪することを言いつけても

別に親が男子宅に怒鳴り込んでいくこともなく、

子供同士のことに、ほとんど親は口出ししなかったからね。。。。

そして、ばば達は逞しく育ってきたんだなぁ・・・


「サイレン台」と言うと、小学生時代の登下校時のことがすぐ思い出される。

晴れた日・大雨の日・風の日、

それぞれにいろいろな遊びを見つけながら通った通学道。

懐かしいなぁ。

いろいろな懐かしい風景が消えつつある故郷だけど

出来れば残して欲しいと思う風景がいくつもある。

明日は「墓地礼拝所」のこと書くね〜。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

遠足に正装で・・・

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


12月19日(月)久しぶりの暖かい日差し

数十年前、小学生の遠足に親がついて行ったって????



昨日聞いた話。

数十年前、島内、ある小学校の遠足の日のこと。

遠足の目的地は、学校から歩いて20分くらいの場所。

子供達はおやつを持って喜々として出かけた。

当時、お母さん方はお弁当作りが間に合わない時は

子供を送り出した後、愛情込めてお弁当を作り

目的地まで届けたんだそうだ。

さて、ばばの知人のお姉さん。

長男さんの分のお弁当を作り届けることに。。。。

ところが・・・

この先が笑える。

お姉さんは、美容室へ行って髪の毛をセットしてもらい

スーツを着て目的地(ある海岸)まで弁当を届けたんだって。

他にも数名のお母さんが弁当を届けに来ていたが

いずれも髪の毛をきれいにセットし、よそ行きの洋服で来たんだって。

信じられな〜〜〜い。

当の本人を前に笑った!笑った!



今、当時の写真を見て、長女さん達は

「母ちゃん、いくら何でも遠足のお弁当届けるのに

この格好は無いでしょう」って、あきれ、笑うんだって。

ばばだって、笑うよ〜きっと。

でもね、当時はお母さん方きちんと身だしなみ整えてから

お弁当届けるのが当たり前だったんだって。

ふぅ〜〜〜ん・・・・



そう言えば・・・・

ばばが小学校2,3年当時の運動会の写真がある。

ばばは、おかっぱ頭で白い上着とチョウチンブルマーを着て

小首をかしげて直立している。

その両側に両親が座っているのだが、

何と二人とも着物姿なの。

う〜〜〜ん、今まで何とも思わず見ていた写真だが

運動会に両親が着物姿で来ていたなんて。。。。。

これも、改めて考えると可笑しいことだよね。

ばばの両親、農作業用の洋服はあっても、もしかして?

よそ行きの洋服は無かったのかなぁ?

いや、いや、ばばの両親だけでねく、友達のお父さん、お母さんだって

着物出来ていたよ。



今時の運動会は、保護者の方も運動しやすい服装で

参加するのが当たり前のようになっているけれど・・・

ばばが小学生の時代は、保護者参加の種目は無かったかも・・・・



時代と共に生活様式も大きく変わって来ているんだね。

今の生活様式が悪いとは言わないが、

昔の方が良かったこともたくさんあるような気がする・・・・

・・・って、こんなこと考えるようになったってことは?

「昔は良かった」って時々思うようになったってことは????

答えは、書〜かない!。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

千円は大金じゃ〜

by ばばの日記

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2月1日(火)曇

1月は・・・行く

2月は・・・逃げる

3月は・・・去る

っていうけれど、年明けて1月の日々が早かったこと。

あっという間に、今日から2月。

目に見えない時間に急かされているばばだ。



知人3,4人に島の特産「赤土馬鈴薯」を送ってあげたくてお店に寄った。

M・L・2Lそれぞれ5キロは1300円と値段が書かれ馬鈴薯コーナーの台に貼られている。

「2Lサイズを5キロ買って少しずつ分けて送りましょ」

と、箱ごと抱えレジへ。

「2300円です」と言われ、危うく「エッ」と思ったが

箱の内側の蓋には2300円と書かれた紙片が貼られていた。

箱を取る時「5キロで1300円」と信じ切っていたばば

まさか、2300円という別の値札が箱に貼られていたなんて。。。。。

もしかして10キロ入りとかと、ばばが間違えてしまったのかも知れない。

もしくは、ワンランク上の商品かも知れない。

何となく腑に落ちないまま、一旦会計を済ませ、車に馬鈴薯を積んでから

もう一度値段を確認しなくちゃ・・・と馬鈴薯コーナーへ。

やはり、5キロではどの箱も1300円と書かれている。

そこで近くにいた男子店員さんに「さっき,2Lサイズの5キロを買ったつもりなんですが

値段が2300円でした。箱によって値段が違うのですか?」と聞いてみた。

すると、「いえ、5キロはサイズにかかわらず1300円です」と。

そこで、ばばは「じゃ、すみません。私は買った商品を今車に積んだばかりですので

見ていただけませんか?」と言って、車に乗せたばかりの馬鈴薯の箱を店員さんに見てもらった。

「すみません。1300円です。すぐ払い戻しをさせますから・・」と

ばばをレジへ連れて行ってくれた。

無事に1000円払い戻してもらったが。。。。。



何故、1300円の箱に2300円なんて値札をわざわざ貼り付けたのだろう?

台に貼ってある値札だけなら、間違えることもないのに・・・・

ばばの方も、レジで「1300円ではありませんか?」と聞けばよかった。

レジの方に何ら落ち度はないと思うが、

今日の出来事は、あまり良い気持はしなかった。

ばばがもう少し思慮深かったら起こらなかったことだろうけど・・・・・



もしも、箱の値段だけ見て2300円で買ったお客さんがいたとしたら・・・・

何となくスッキリしないなぁ。。。。。。



島の新馬鈴薯はホクホク甘くて特別美味しいよ〜〜。

徳之島産馬鈴薯には「春一番」とか「赤土馬鈴薯」っていうブランドがあるのかな。

これから4月初旬頃までが収穫期だと思うが

一番美味しいこの時期、さて、今夜はばばも馬鈴薯料理でも作ろうかな?

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

いつまでも忘れないよ〜Eちゃん!

by ばばの日記

徳之島じじとばばのブログ


1月31日(月)曇時々小雨

1月29日昼前、ばばは病院へ父を見舞い、洗濯物を取って帰って来た。

すぐに昼食の準備をし、食事を終えた時電話が鳴った。

ばば姉からだった。

「Eちゃんが亡くなったんだって」と。

「うそ〜〜〜〜っ」、ばばは叫ぶように言った。

「今日の朝、仕事に出かけようとして準備をしていた時体調が悪くなって

救急車で運ばれ、そのまま亡くなったんだって」・・・・・と。

嘘、嘘、嘘、嘘であって欲しい。

悲しい知らせは事実であった。

ばばが病院に行った時、エレベーターを使わなかったら

家族の方と会えていたかも知れない。

でも・・・やはり信じたくない,Eちゃんが亡くなったなんて。

でって、つい3日前、Eちゃんはばばの家の玄関まで上がってきてくれたんだもの。

何と、間の悪かったことか、ばばは外出中で、じじが応対してくれていたが

その日,Eちゃんは趣味の押し花教室で作った作品を

ばばと姉に「手作りの物が記念になるから・・・」とわざわざ届けてくれていたのだ。

昼間は仕事で忙しいEちゃんなので夜電話をした。

いつもと変わらないEちゃんとの電話。

ばばが「押し花額」のお礼を言うと「手作りの物をばばちゃんと、

ばば姉ちゃんにも記念にあげたくて。自分が作った物の方が記念になるからね」って言ったEちゃん。

本当に、キバナコスモスんの押し花額は、Eちゃんの形見になってしまった。



当日朝まで元気だったEちゃんが、あまりにも突然に亡くなってしまったという現実。

ばばは、じじの傍らで「ごめんねぇ、ごめんねぇEちゃん。

せっかく訪ねてきてくれたのに留守にしていてごめんね・・・」と声を上げて泣いた。

13歳年が違うEちゃんだけど、昔から「Eちゃん,Eちゃん」と呼んで甘えていた。

Eちゃんは、ばばの両親、イヤばばの家族を本当の親姉妹のように大事にし可愛がってくれた。

いろいろな優れた才能があり、大正琴は師範級・更に三味線・島唄もプロ並み、

カラオケ、硬筆、さらには英会話も習っていたとか・・・・・

ばばが自動車の運転免許を取った時、

実地試験で乗る運転コースを(5つのうちどれか1つが試験に必ず出る)

「鉄道唱歌」の替え歌で教えてくれたのもEちゃんだ。

1番から5番まで毎日口ずさみながら憶え、

無事一回で合格できたのはEちゃんのおかげだと今でも感謝している。



Eちゃんは数十年前にお持ちの作り方をプロから教えてもらい

いろいろなお餅を作って島内のお店で販売されるようになった。

白い餅はもちろん、よもぎ餅・グンジャ餅・黒糖餅など多種のお餅を作っていた。

婚礼の時、法事の時、節句の時、島内の人は一度はEちゃんのお持ちを口にしただろうとばばは思う。

ばばの両親が高齢になった時に、Eちゃんは畑から刈り取ったヨモギを持ってきて

その葉っぱを父と母は終日小屋で摘み取っていた。

そして、アルバイト料としてお小遣いを上げてあげていた。

80歳過ぎても自分たちで現金を稼ぐ喜びを、ばば両親に与えてくれたのもEちゃんだ。



Eちゃんは、小さい頃お父さんを亡くし、口には出せないくらいの苦労したそうだ。

Eちゃん自ら苦労話を聞かされたことはないが周囲の方が話してくれた。

しかし、Eちゃんは苦労を表に出すことなく、いつも気丈で頑張りやで働き者だったと。

Eちゃんが若い頃は農業もしていていたが、その畑は切り株や石ころだらけの畑だった・・・(そうだ)

畑の切り株を見て、ばばは「Eちゃんの畑は良いねぇ。椅子(切り株)もあって・・」と

幼かったばばは言ったそうだ。

ばばは、そういうことは全然憶えていなかったが、つい数年前聞いて

Eちゃんにとても申し訳なかったと思った。

まだ物心つかなかったばばは、農作業の邪魔者切り株を羨ましがっていたのだ。



Eちゃんとの思い出はたくさんあるけれど・・・・・

又、折を見て書いていきたいと思う。



今日はEちゃんのお葬式を終え夕方家に帰ってきた。

久しぶりにホットカーペットの上で夕食を食べたじじとばば。

偶然、ばばが目を上げるとつい5日前,Eちゃんが届けてくれた押し花額が目に入った。

押し花のキバナコスモスの間にEちゃんの笑顔が見えるようで、

まだEちゃんが、ばば達の前から姿を消したということが信じられない。

時間の経過と共に、この辛い現実を否が応でも受け入れていかなくてはならないことに気づくだろう・・・・

Eちゃん、天国でEちゃんのご両親や、ばばの両親・兄・姉とも会えるでしょうか?

ばば達のこと、いっぱい話してあげて下さいね。

そして、天国から地上の私たちを見守っていて下さいね。



いつも忙しく頑張りすぎたEちゃん、ゆっくりお休み下さいね。

徳之島じじとばばのブログ  主管理者 ibuchanじじ&ばば

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